成田市の宗吾にある宗吾霊堂はで行われる、義民佐倉惣五郎の御霊を慰めるためのお祭りで、2025年は9月6日・7日の2日間行われます。
境内には昔懐かしい露店が沢山並び、子供心を思い出させてくれるお祭りです。
2025年宗吾霊堂御待夜祭開催詳細

開催日時(大御護摩修行) | 2025年9月6日(土曜日)~7日(日曜日) 午前11時~午後14時 ※7日11時の法要は大般若経六百巻転特別大祈祷会の特別法用となります。 |
住所 | 千葉県成田市宗吾1-558 |
アクセス | 【電車】 京成宗吾参道駅下車 徒歩約15分 【バス】 ・京成バス千葉イーストバス:JR成田駅中央口(参道口)6番線・京成成田駅(参道口)7番バス乗り場から「宗吾霊堂行き」バス乗車約15分、「宗吾霊堂」バス停下車。 京成バス千葉イースト:http://www.chibakotsu.co.jp/ ・成田市コミュニティバス:成田市役所前バス乗り場から「北須賀ルート」バス乗車約20分、「宗吾霊堂」バス停下車。 成田市ホームページ:成田コミュニティバスhttps://www.city.narita.chiba.jp/kurashi/page105700.html 【車】 東関東自動車道 富里・佐倉ICから車で約15分 |
お問い合わせ先 | 宗吾霊堂(鳴鐘山東勝寺) TEL 0476-27-3131 |
※お車でお越しの方へ
祭礼当日は周辺駐車場が少なく、渋滞も予想されますのでできるだけ公共交通機関をご利用くださいますようお願いいたします。
宗吾霊堂と御待夜祭の歴史

正式名は鳴鐘山東勝寺 別格本山 宗吾霊堂
宗吾霊堂には鳴鐘山東勝寺 別格本山 宗吾霊堂という正式名称があります。
演技は桓武天皇の時代に征夷大将軍坂上田村麻呂が房総を平定し、戦没者供養のため建立された真言宗豊山派の寺院です。
義民・佐倉宗吾様が祀られているお寺としても知られています。
義民 佐倉宗吾伝
佐倉宗吾は江戸時代前期の下総国佐倉藩に住んでいた農民の代表的な人物で、当時は領主の想い年貢の取り立てや過酷な政策により、多くの農民が困窮していた時代です。
そんな中、佐倉宗吾は村々を代表して農民たちの苦しみを救うために立ち上がった人物です。
佐倉宗吾は領主に直訴しようとしましたが取り合ってもらえなかったため、将軍への直訴という命がけの行動に出て、江戸城に赴き、将軍に直接農民の苦境を訴えたと言われています。
結果直訴は成功し佐倉藩の重税は軽くなったと言われています。
しかし幕府の法度では直訴は重罪とされているため、佐倉宗吾は捕らえられ、妻や子供達と共に処刑されたと言われています。
このことから「自分や家族を犠牲にしてでも村人を救った義民」として語り継がれているのです。
現在歌舞伎の演目として佐倉義民伝は有名で、1998年には中村吉右衛門により国立劇業で上演され、2002年には中村勘九郎が歌舞伎座で上演しこの後も度々上演されています。
御待夜祭の始まり
1802年義人宗吾の150年忌の供養が行われたとき、台方村が総代となり【笹踊り】を興行したのが御待夜祭の始まりと言われています。
9月3日(旧暦の8月3日)の命日の前の晩を逮夜と呼び、人々は宗吾霊堂におこもりをして夜を明かしました。
戦前までは【御逮夜祭】と仏教用語でしたが戦後は【御待夜祭】と称しています。
宗吾様の例大祭御待夜祭は木内惣五郎の命日である9月2日・3日に行われていましたが2004年から9月の第1土曜日・日曜日が祭礼の日となりました。
まとめ
お祭り当日は露店の他にも沿道では屋台が勢いよく曳き廻されます。
子供時代に親に手を引かれていった神社のお祭りを思い出すのと同時に、自分たちの家族にも昔懐かしいお祭りの風景を見せてあげてみてはいかがでしょうか?